心の掃除の大切さ

いきなりですが、

「みなさんは掃除はお好きですか??」

僕は苦手です!(キッパリ!^^;

でも時として掃除はします。

掃除機をあてて、

食器を洗って、

時には「激落ち君(←ご存知でしょうか?)」で
ステンレスのケトルや水道の蛇口をピカピカにしたり。

年に数回するかしないかですが(おいおい!

掃除も始めてみると気持ちいい~♪

だんだんとピカピカになっていく様はうっとり(^^; します。

やっぱり定期的なお掃除は必要ですよね。

ここでふと思いました。

「心の掃除はいつするんだろう?」

僕の場合は、イーモアタッピングを使って自分でしています。

ですので、僕の心はいつもピカピカです(でしょうか?(^^;

でも以前は心の中は、

お部屋以上にきっと雑然としていたはずです。

心の中にインプットすることはあっても、

「心を掃除する」ということ自体、考えたこともありませんでした。

部屋に例えると、ゴミ出しや整理、掃除をせずに

どんどんと新しい物を買い続ける、といった感じでしょうか。

それではお部屋の中は、あっと言う間に満タン状態。

足の踏み場もなくなるはずです。

でも僕の心の中は、ほんの数年前まではそんな状態でした。

「心の掃除」を始めて数年。

ずい分と心の中が軽く、すっきりとしたように感じます。

いつお客さんが来ても大丈夫です(^^;

実際に心の掃除をして気づいたことは、

いかに心の中が、たくさんのもので溢れたいたか、

ということです。

必要ない感情、

心のブロック、

トラウマ、

過去の嫌な出来事、

怒り、

不安等々

本当にたくさんのものが心の中にはありました。

自分の心ながら

「たくさんのものをつめこんでごめんね!」と

反省しきりです。

心の掃除をすると、

お部屋同様に、

心の中がすっきりします。

とても穏やかな気持ちになれます。

楽しいことがたくさん起こるようになります。

「心のお掃除」始めてみませんか?

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初出版への道

原稿に推こうを重ねています。

今年3月13日に急きょ頂いた「出版オファー」

原稿は5月末にいったん書き上げました。

当初頂いた出版スケジュールよりは1カ月早い提出です。

と言うのも、今年11月1日の自身の誕生日に

僕の初めての本を「誕生」させたい、という僕自身の強い想いからです。

思えば3月11日、大震災当日。

僕はあるイベントに参加していて、
当日の震災の状況については詳細を理解できていませんでした。

後になって振り返ってみると、
間違いなく「その日」を境に僕自身の
流れが変わりました。

簡単に言うと
まさに『引き寄せ』が起こるようになりました。

それも以前だと数年に1度あればいいようなことが、
数日に1回!ともすれば1日に何回も起こるようになりました。

震災当日も「数年に1度」レベルの願いが、
3つ重なって実現しました。

その夜にすさまじい震災の姿と現地の窮状を知り
「ボランティアしたい!」と思った翌日に
ある一人の人が現れました。
その方の友人と一緒です。

「この人は私の友人なんです!今朝から急にまったく声が出なくなったんです!!
 病院に行ってもだめでした!とみ太郎さん!なんとかできませんか!!?」

せっぱつまった表情で僕に訴えます。

声がまったく出なくなった方は、かなり年配の方で、
すがるような目で僕を見ています。

もちろん僕は医者でもないし、
声が出ない人を治したようなことは1回もありません。

でも僕はとっさに思いました。

直感で「もしかすると震災の映像のショックによる言語障害では!?」と
思ったのです。

その後は震災の「恐怖を取るタッピング」をし、
「不安を取るタッピング」をし、
その後は「悲しみ」「怒り」の感情を
その場で外していきました。

駅中だったこともあり、
たくさんの人が「何事?」かと
僕たちの方を見ていましたが、まったく気になりませんでした。

最後に不安を取り、一瞬で心が軽くなる方法をその方に
教えました。

でもその場では声は戻りませんでした。

精一杯お伝えした僕に、
声が出ない方は、
まるでお地蔵さんにでもするように僕に対して
手を合わせ、頭を深深と下げてその場を
立ち去りました。

そして数分後に携帯の着信音が鳴りました。
数分前に別れたばかりの友人からです。

「声が!声が戻りました!!
 とみ太郎さん!ありがとう!ありがとうございました!!」

喜びで声が震えています。

僕の「ボランティアをしたい!」という強い想いが、
声を失った方という形で「引き寄せ」られたのだと思います。

その翌日には
「たくさんの人に元気を取り戻して欲しい」

「どうすれば・・・」

「そうか!漫画を多用した本で、読んだ人が元気になるような
本があれば、被災地の方も親子で笑顔になってもらえる!」

そしてその誰も書いたこともないような
文章と漫画がドッキングされた本の姿をありありとイメージしました。

イメージでは本はもう完全に本屋さんの店頭に
並んでいます。

被災地の方も笑顔で手に取って読んでくださっています。

その1時間後、

ある方からメールがありました。

タイトルは
「お久しぶりです!」

メールを確認すると

「とみ太郎さん。
おひさしぶりです!

過日とみ太郎さんの『一瞬で元気が出るセミナー』を受講した○○です。

実は今私は出版社で編集の仕事をしています。
今回の大震災で、とみ太郎さんの姿を思い出しました。

とみ太郎さんに本を出してもらいたいんです!
それも文章と漫画がドッキングしている今までになかった本を。

被災地の方に笑顔を届けられる本を!」

僕は驚きました。

ほんの1時間前に、僕自身がイメージした、まさにその内容通りの
本の内容であったからです。

しかも本の執筆に関しては僕は無名の新人。

と言うよりは本など書いたことはありません。

どこかの出版社に原稿を送ったようなことも1回もしたことはありません。

原稿もこの時点では1枚も書いていませんでした。

でも僕はすぐにメールに返信しました。
「書かせてください!!」

即答でした。

そして今に至ります。

本の内容は、カリスマ編集者さん、そして
まさにイメージした通りの漫画を描いてくださる
最高のイラストレーターさんの協力を頂き、
想像以上に素晴らしい本になりつつあります。

原稿を書く前には瞑想をし、
この本を読んでくださるすべての方の笑顔と
幸せをイメージしながら一文字一文字に愛情を込めて
原稿を書いています。

漫画の原作も初めて自分で書き上げました。

それを原作に忠実にイラストレーターさんが
仕上げてくださっています。

本当に頭が下がりますし、
感謝の気持ちが次々と湧いてきます。

もちろんカリスマ編集者さんからの激励も頂きます。
ときには「相克」の言葉も!

でも、その言葉のひとつひとつ、そしてすべてが僕にとっては
まさに「宝」です。

今この瞬間にも、これから生まれてくる赤ちゃんにするように
愛情を注いでいます。

本の形をした赤ちゃんの誕生は
今年11月1日。

それまでは、何回も推こうを重ねていくことになると思います。

「僕に本が書けるのかな」
という心のブロックは自分で外しました。

今はもう何も不安はありません。

ただすべてをありのまま楽しんで書いていきたいと思います。

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「手をつないでいいですか?」

今回も楽しい充実した東京二日間でした。

友人と会い、おいしいものを食べ、温泉にも
入りました。

もちろん今回の目的の セッションも忘れずに行いました^^

今朝セッションをした方に
「どんなブロックを外したいですか?」と私。

返ってきた答えは
「主人と数年後でも手をつないで歩きたい」
とのことでした。

「今はつないでいますか!?」
さりげなく突っ込む私。

「もう何年もつないでないよ~(汗)」

その方はちょうど還暦です。

タッピングセッションを終えてもう一度聞きました。

「これからはつなげそうですか?!」
いつもよりは気持ち、興味津々な私。

「目が笑ってるよ~」
とクライアントさんに諭されて少し焦る私(;^^

「でもなんだかさっきと違う~
 これからは人前でもつなげそう~」

その答えに二人でニッコリして外に出ました。

すると僕たちの目の前に老夫婦が歩かれています。

お歳は75歳くらいでしょうか。

一瞬クライアントさんと僕は顔を見合せ驚きました。

その老夫婦は、手をつないで歩いているのです。

どちらかの体を支えている訳ではありません。

ただ普通に手をつないでいます。

そして楽しそうに会話をしながら僕たちの
目の前を歩かれています。

こんな生チャーミーグリーン夫婦を
見たのはお互い初めてです。

クライアントさんからは
「マインドブロックを外してもらったとたんに『引き寄せ』があったのかなぁ?!」
と驚かれました。

「きっとそうですよ。
 明日からはご主人と手をつないで歩いてくださいね」と僕。

「目が笑ってるよ~」
今日2回目のクライアントさんに諭された瞬間でした(汗

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「できるだけ簡単な言葉で伝えたい」

このところ少し気になっていることは、

以前にも増してカタカナ言葉が増えているように

思えること。

わかる人にはなんの抵抗もなく受け入れられるの

でしょうけど、

果たして国民全員が支持されているのか

疑問に思うことがあります。

例えば「インフォームドコンセント」。

これは患者さんに対しての『事前説明』でいいと思うし、

「マニフェスト」は

『公約』で良いのではないのでしょうか??

と、思うのは僕だけでしょうか?

とくにパソコンの説明書は専門用語が

多すぎて僕自身わからないことも多々あります。

もともと僕がパソコン音痴ということもあるのですが(汗)

講演やセミナーに出席しても、

やたらと専門用語や難しい言葉を連発される方もおられます。

でも僕は、小さな子どもにもわかるような

やさしい言葉で伝える方を「すごい」と思いますし、

優しい方だと思います。

『できるだけ簡単な言葉で伝える』

僕はこのことを大切にしていきたいなぁ、と思います。

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「これが自分か」

時々何をするにつけても迷うことがあります。

そして「今こっちを選べばラクだなぁ」
とか
「さぼろうかなぁ~」
なんて気持ちになることがあります

「誰も見ていないし~」と思う時も(汗

そんな時には自分に問い掛けるようにしています。

「これが自分か」

問い掛けた瞬間に、ハッとすることがあります。

この問い掛けをするようになってから、誰も見ていないような場面でも前より気持ちの良い行動ができるようになりました。

『これが自分か?』

僕にとっての魔法の言葉です^^

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「生きてるだけでまるもうけ」

明石屋さんまさんが、言っていました。

娘の「いまる」さんは「生きてるだけでまるもうけ」の略だそうです。

「生きてるだけでまるもうけ」

本当にその通りだと思います。

同じ日本に生まれたとしても、ほんの少し前にずれて生まれただけで、

言論や職業の自由はありませんでした。

時には命さえ簡単に奪われたりしました。

そんな中、奇跡的に「今」の日本に生まれ、

好きな物が食べられ、自由に旅行にもいけて、

なにより、自分の意志を持つことができます。

そんなことに想いを馳せると、

少し前の時代を生き、今の日本を築いてくれた先人や、

世界の人達に感謝の想いが湧き出てきます。

まさに「生きてるだけでまるもうけ」です。

そしてそんなことを思っていると、

嬉しいこと、楽しいこと、ワクワクすることが

磁石のように吸い寄せられてきます。

この3日間、名古屋、横浜、東京、東大阪と

セミナーに参加し、自身でもセミナー主催、セッションも行いました。

そしてその土地では常に最高の人々との出会いがありました。

「応援します!」とおっしゃってくれる人も何人も

出会えました。

「生きてるだけでまるもうけ磁石」
かなり強力なようです

        

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幸せの尺度

先日ある方とお話をしていて考えさせられました。

その方は若くして肺に水がたまる病気で、
寝る時も座ったままでないと呼吸すらままならない状態でした。

それが人口透析をすることで、横になって寝ることができるようになりました。

久しぶりに横たわれる解放感をその方は感じられました。

ただ病状から、自力では一歩も歩けない状態です。

でも今までは座ったまま夜を過ごしていたのが、
病院のベッドに普通に眠ることができるようになって、
その方は思いました。

「ああ、自分はなんて幸せなんだろう」

それまでの自分の状態と比べると、
天国のように感じたそうです。

その方の介護には何人もの看護師さんがお世話をされたそうです。

ほとんどの看護師さんは、とても献身的で
やさしい方ばかりだったそうです。

ただその中で一人、
常に不平不満を口にされる方がいたそうです。

その愚痴を聞きながら、その方は思ったそうです。

「五体満足なこの人よりも、一歩も歩けなくても私のほうが幸せだ」

その方はその後、酸素ジュースやホ・オポノポノとの出会いを経て、
奇跡的に回復し、今では普通の方と変わらない
毎日を送られています。

お話を聞いていて思いました。

幸せの尺度が違うんだな、と。

回復されたその方は、幸せの尺度を昨日までの自分と
比較されていました。

他の人と比較するのではなく、自身と比較されているので、
わずかな前進に大きな喜びを感じていました。

対して、もう一人の人は他人や他と比較ばかりされていたそうです。

「幸せの尺度」

僕は少しずつでも昨日の自分より成長していきたいなぁ、と思います。

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